40代女性の生きづらさの原因は?私が解消し生きやすくなった3つの方法

ココロ

こんにちは。ギボンヌです。

幸せを感じていきていますか?

気持ち悪い質問ですか?

私は今47歳なのですけれど、30代まではずっと生きづらかったのです。

いえ、生きづらいかどうかも子供の頃は分からなかったと思います。

なぜなら比較がないからです。

中学生、高校生になり、成人して、働くようになってゆくに従って、自分でもわからない息苦しさを感じるようになっていきました。

20代は若さと有り余る体力でやり過ごすことができていたのだろうと思います。

でも30代はそうはいきませんでした。

「女の厄年」が30代に立て続けに集中するのもわかるような気がします。

カラダの変化が大きいのでしょう。

どうにもならない30代があり、40歳を過ぎてから、やっと息が深く吸えるようになりました。

そして、「生きづらさ」がなくなりました。

そうなるまでには、なにもやってこなかったわけではなかったです。

「生きづらさ」に対してやってきた事ではないですが、偶然それを解消してくれたものがありました。

今回は40代の生きづらさの原因について私が思う事や、私がそれ解消し生きやすくなった3つの方法についてまとめてみました。

40代女性の生きづらさの原因は?

私は30歳すぎたあたりから、なんとも言えない「生きづらさ」を感じるようになっていきました。

それとともに、カラダも疲れが抜けず、頑張りがきかなくなってきました。

その原因について考えてみましょう。

どうにもならない事を考えるループにハマる

冷静に見られる今になって思うと、過去の自分はどうかしていたと思うのです。

「生きづらい」時というのはどういうわけか、どうにもならないことを考え悩むループにハマっていってしまいます。

それを考えてどうにかなるなら考えればいいと思うのですけど、どうにもならない事をどうにかしたいと延々と考えるわけです。

いえ、どうにかしたいと思っていなくて、どうにもならないと嘆いているだけのような感じです。

例えば電車の中に迷惑な人がいたとしましょう。

それをなんとかしたいと考えるわけです。

でも、なんにもしないでただ頭の中で愚痴を言うだけなのです。

「生きづらい」時は、なぜか何かに反発しようとしてしまっていました。

川でいうと、流れに逆らっていこうとする感じです。

そういう時期は安易に解決できると言われるものに飛びつきます。

  • 壺をかう
  • 石を買う
  • ナントカビジネス
  • ナントカ投資
  • スピリチュアルナントカ
  • ナントカヒーリング。
  • ナントカ気功

目に見えない、測れない、明確さのないモノに求めるようになります。

でも、だいたいうまく行かないモノだったりして、浪費に終わり、思い通りにならなさをさらに感じ、生きづらさもさらに増します。

完全にループです。

今の私なら嫌なものは自分から距離を置くことで完了なのです。

カラダが既成概念にやられている

ココロの問題のようなのですけど、実はカラダが大きく関係していたと思います。

私はカラダを自然にまかせることができませんでした。

私の例を挙げます。

  • カラダが柔らかい事しか人よりできることがなかったので、余計にむりに柔らかくしようとしていた。
  • 外股の友達が走るのが早かったから憧れて外股にしようとした。
  • X脚の先輩がカッコよかったから、脚をそらせようとした。
  • 紡木たくのホットロードを読んで、猫背になるように頑張ってみた。
  • 大股で歩かねばいけないと言われればそうした。
  • 踵から着地して、小指側から足を着くように歩いた方がいいと言われればそうした。
  • 胸を張ったほうがいいと言われればそうした。
  • ウエストを細くするために補正下着で締め付けた。

バカですかね?

とにかく、言われた事を信じて、誤解も含めて自分のカラダを操作していました。

つまり、カラダと仲良くなかったのです。

自分のカラダの声を聞かず、カラダに色々やらせていました。

いつも疲れていて、マッサージに沢山お金かけていた時もありました。

「同じ」という概念にやられている

この世には実は「同じ」ものはありません。

「同じ」経験もありません。

「同じ」カラダもないですし、「同じ」感覚も、「同じ」環境もありません。

でも、「生きづらい」時はどういうわけか色んなものを「同じ」として扱っています。

それは「普通」という言葉にも置き換えられます。

「普通はこうするでしょ?」

「普通じゃないよね」

とか言っていたりしませんか?

私はめちゃくちゃ言っていました。

他の人が自分と「同じ」であるべきで、「同じ」前提として、色んな事を嵌め込んで、「違う」となると「不満」に思ってモヤモヤしていました。

「同じ」なんてないよ〜ってわかっていれば、仕方ないな〜と思えるのです。

私は外に出れば「違う」人を批判の目でみてきました。

それはそれは生きづらいことでした。

この3つが私にとってはとても大きい原因だと思います。

これをまとめると

どうにもならない事を考えるループにハマる

「自分を信じていない」

カラダが既成概念にやられている

「自分を嫌い」

「同じ」という概念にやられている

「人と違ってはいけない」

という事です。

ちなみに、既成概念も概念も、自分で作って、自分で思い込んでいるだけの幻です。

好きで思い込んでいるのです。

そうしたくて自分で選んでいます。

その頃の私は原因は外にあると思っていましたが、全ては自分にありました。

もちろん、そうなる土壌はあったとはおもいますけど、それは考えてもどうにもならないことです。

40代ともなれば自分で変えられる事を考えて行動してゆくのです。

40代女性の生きづらさの原因は?私が解消し生きやすくなった3つの方法

ここからは私が「生きづらさ」を解消した3つ方法について書いていきます。

カラダについて学ぶ

カラダについて学びはじめたことはとても大きかったと思います。

ココロのことにもチャレンジしてはきました。でもカタチとして捉えづらいこともあるので、おかしな方へ迷走しやすくなることもわかりました。

ちゃっかり迷走したのです。

スピリチュアルな方もたっぷりどっぷりいきました。

それはそれで私のような「体験しないと気が済まない」人間にとっては必要な体験だったとは思いますし、良かったと思います。

けれども、実はココロとカラダは一体なのだということを途中で気づいてきたのです。

それなら、目で見れる方がいくらかわかりやすいと思いました。

ヒモトレ

ヒモトレは自分のカラダとの対話になります。

距離感を掴むのにもってこいなツールだとおもいます。

カラダをヒモに預けてゆっくりと動かすことは、カラダを一体にしてくれます。

頑張りが必要な運動とは違って、ゆったりとカラダを味わうことができます。

裸足とマンサンダル

裸足とマンサンダルは地面とのコミュニケーションをとることができるツールです。

(裸足はツールじゃないけど)

でも、この効用は言い尽くせないものがあります。

例えば歩き方は人から教えてもらえないのですが、足裏や、カラダ教えてくれるのです。

ダメな時はちゃんとエラーがでます。

マンサンダル(MAN SANDALS)とは
マンサンダル誕生の背景歩いたり走ったりしてきて、足裏、足首、ヒザ、股関節を痛めたことはないだろうか?『足を痛める原因は靴やシューズである』と言われたら驚くだろうか?人類は二足歩行を始めた約600万年前から、裸足で歩き、裸足で走ってきた。世界

生きづらいときは、カラダからエラーがでているということだと思っています。

カラダとココロが嫌がることをしているということです。

常識や既成概念に合わせて無理強いしていることに気づかせてくれます。

心地よいカラダの人に出会う

私は治療家や武術関係、アスリートの方やダンサーの方でも本物の人と沢山出会う事ができました。

心地よいカラダを持っているひと、という事です。

そういう方のカラダや動き、振る舞い、言動に触れる事は自分問い直す機会になります。

具体的には、私の場合は

ヒモトレ(小関勲先生)

治療は京都の「つじ鍼灸院」(辻敦志先生)

カラダを整えるのは魔女トレ(西園美彌先生)

動きの学びはときめき和稽古(守伸二郎先生)

が主に学ばさせていただいている先生です。

もっと沢山の美しい先生を見ていますが、言い尽くせません。

自分で心地よいカラダを持っている人を見つけることをしてみてください。

美しいもの、美しい世界をみていくことはとても大切なことです。

自分のココロを書き出す100日ノート

私はA4のノートに毎朝3ページ、書きたいことや思っている事を書き出しています。

自分が思っている事が「無自覚」である場合、その考えを変えていく事もできません。

ループにハマるのは、「無自覚」で考えているからです。

その、ループをノートに書き出すのです。

目的は自分が今なにを考えているかを「認識すること」です。

でてくるままに書き出します。

暴言も結構。

人に見せることがないノートです。

自分が自分の発言を批判しない限り、自由な発言ができるノートです。

とにかく自由にかきます。

たまには図や絵も描いたりします。

そこで大事なのは、2つあります。

①自分が自分を否定したり、いい事を書こうとしたりしない。

②ただ、やる。(目的を持たせない)

ということです。

目的があるとすれば自分の中にあるものを目に見える形にするということです。

出てきたものを評価しないでいいですし、それを「こうしよう」と変えていこうとしないことです。

手書きなのも、大きなノートなのも3ページも書くことも理由はあります。

ノートは書いているうちに書けなくなるときがあります。

愚痴を書くのも限界があります。

「書くことがない、書くことがない、書くことがない」でノートが埋まることもあるかもしれません。

それでも、これを100日(3ヶ月)続けると、明確に変わってくる事を感じると思います。

同じではないことを知る

私は人との分かり合えなさを感じていました。

どうしてわからないのだろう?

どうしてつうじないのだろう?

そのときに篠田法正さんの「王者の成功占術」という本に出会いました。

この本は篠田法正さんが工学博士だというバリバリの理系の現実主義でありながら「占い」を扱っているということに関心を持ちました。

本の中では生まれ持った「才能のタネ」を生年月日で調べることができるのです。

その日、その時の地球のエネルギーによって生まれてくるものの性質が変わってくるというのは、元素も同じようになっているということを書いていて、なるほどと思いました。

この本の面白いところは、家族や周りの人などの「才能のタネ」も調べることができます。

私は家族の「才能のタネ」を調べてみました。

それで、両親ともにあまりにも違う才能のタネを持っていることに気づきました。

明らかに、「これは理解し合えない」と思ったのです。

「同じ」ではないものを「同じ」かのように扱ってきた自分に深く気付かされることになりました。

それからは、「分からない」けど、分からないままの相手を尊重することができるようになってきました。

これはとても生きやすくなりました。

おわりに

今回は40代の生きづらさの原因について、私が思う事や、私がそれ解消できて生きやすくなった3つの方法についてまとめてみました。

最初に書いた「生きづらさ」を解消してゆくのにやったことをまとめると、以下のようになります。

どうにもならない事を考えるループにハマる

「自分を信じていない」

100日ノートで自分との対話をする

ループの可視化

カラダが既成概念にやられている

「自分を嫌い」

カラダの完璧さに気づく

カラダの感覚を取り戻す

「同じ」という概念にやられている

「人と違ってはいけない」

人はそれぞれ違う才能のタネを持っている事を知る

違うという現実を直視する

私はここに来るまでに、ふわふわカタチが掴みにくいものや、目に見えないものにも走ってきました。

けれども、私には現実主義なところがあったので、それらを可視化することを試みて、迷走から立ち戻ることができました。

でも、ふわふわした方へ迷走するとなかなか戻りにくいと思うのです。

もちろん、経験は全てが尊いですし、遠回りということはありません。

でも、もしどうにも生きづらくなったら、私の経験ですけれども良かったらお試しになってください。

どれも、すごく私にとって大きかったことです。

最後までおよみくださりありがとうございました。

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